もう一つの夏バンド、もう一人の主人公
「夏」…音楽の世界において決して外すことの出来ない重要テーマの一つ。
そしてこの要素を最大の武器にして、名を挙げた二大巨頭といえばもちろん「サザンオールスターズ」と「TUBE」である。
だが今は遥かな80年代に、彼らと肩を並べたもう一つの夏バンドが存在していた。

「杉山清貴&オメガトライブ」!!
ヴォーカル担当の杉山清貴を中心としたヤンチャな浜っ子たちで結成されたこのバンド。
アマチュア時代は主に「きゅうてぃぱんちょす」という名で活動しており、大御所作曲家の千住明や、彼らより一足早くデビューしたガールズトリオグループ「Sugar」のメンバーが在籍していたりとなかなかの濃いメンツ揃い。
シンガーソングライター系の登竜門として名高い、ヤマハ音楽振興会主催の「ヤマハポピュラーソングコンテスト」(通称ポプコン)にも出場しており、ライブ活動やコンテストなどの経験を重ね、遂にプロデビューの機会を得る事になる。
彼らに目を付けたのは芸能事務所「トライアングルプロダクション」の社長かつ音楽プロデューサー…

「藤田浩一」…!
この男こそがオメガの仕掛人であり、プロジェクトの中枢も担う自他共に認める「鬼のプロデューサー」として、後の音楽業界に風穴を開けるもう一人の主人公だ。
このクセ者Pを相手にし、杉山たちはプロとして苦闘の日々を過ごしていく事になる。
いきなりの改名
とにかくこのオメガトライブというプロジェクト、のっけから紆余曲折の連続。
まずはデビューにあたってバンド名からして変更させるという行動に出る。
もちろんメンバーに決定権などは無く藤田の独断だ。
だがこれに関してはファンを含め、ほとんどの人が賛成するんじゃなかろうか。
どう考えても「きゅうてぃぱんちょす」なんてコミックバンドみたいなネーミングで売れる勝算は低い。
そして生まれ変わったバンド名こそが、「杉山清貴&オメガトライブ」である。
オメガ…トライブ…?
この耳慣れない言葉、「最後の人種」なんて小洒落た意味合いを持つ名称だ。
ところでアタシなんかの世代からすれば、どうしてもセガの16bitゲーム機「メガドライブ」を思い起こしてしまうが、もちろんオメガの方が先だ。

セガのお偉いさんの中にオメガファンでもいたのかしら?などと勘繰ってしまうが、実際のところは「容量1M(メガ)ビットのカートリッジをドライブするゲーム機」が由来らしい。
しかし…このハード名が発表された時の世間の反応はどうだったのだろうか。
「いや、オメガトライブじゃねーか!」と、爆笑問題の田中裕二ばりのツッコミが日本中で飛び交っていたのかも知れない。
鬼P、暗躍
…そんな事はさておき、藤田は「こんなのはまだ序の口よ(暗黒微笑)」と言わんばかりにガチガチにメンバーを縛っていく。
・楽曲面に関しては康珍化、秋元康、林哲司の三人を中心に据えメンバーたちの曲は二の次。
・杉山の歌唱もとにかく甘く優しく歌わせることを厳しく課し、本人の意思などガン無視。
・音源の録音はメンバー本人たちではなくスタジオミュージシャンによる演奏。
・ジャケット写真デザインなどのクリエイティブな面も完全に自分の支配下に置き、挙句の果てはインタビューでどんな食事をしているのかすら設定させるという徹底したイメージ作り。
「これでは道化だよ…」シャア総帥の嘆き節が聞こえてきそうなほどの雁字搦めっぷりである。

一歩間違えれば「暴君」と言われかねない独裁体制…いや、或いはもう既に…?
まあ結果的には、この戦略は短命ながらも大成功するわけですけど。
そんなこんなでやっとこ1stシングルに着手する事になるが、ここでも事態は二転三転する。
ちゃぶ台返しの1stシングル
元々はRVCから『UMIKAZE TSUSHIN』と『A.D.1959』の二曲でデビューする算段だったところが直前でお流れとなり、バップへと変更になる。
これに伴い「鬼」の藤田P、またもやっちゃいました。
物のついでと言わんばかりになんとA面もB面も差し替え、新たにシングル用の曲を作らせるという剛腕ぶりを発揮!
明子姉ちゃんも真っ青になりながら、柱の陰から眺めるしかできないくらいの豪快なちゃぶ台返しである。
そして生まれたのが、やっと本題の彼らのデビュー曲にして代表曲の…

『SUMMER SUSPICION』!!
リリース 1983年4月21日
作詞 康珍化
作曲 林哲司
編曲 林哲司
オリコン 9位
ベストテン 9位
売上げ 27万枚
オメガといえば「AORを邦楽に取り入れた先駆者」的な扱いをされることが多いが、この曲は歌謡曲テイストが強めなメロディーだ。
なんか小柳ルミ子とか欧陽 菲菲とかジュディ・オングあたりが歌っても違和感無さそうな…w
それはともかく、まずはこのタイトルである。
サマーサスピション…訳すと「夏の疑惑」となる。
前途ある有望な若者たちのデビュー曲で、いきなりこんな不穏なタイトル持ってきちゃうの?と言いたくなるくらいに「攻めすぎ」なナンバーだ。
そして稲垣潤一の『ドラマティックレイン』を彷彿とさせるイントロから舞台の幕は上がる。(いつもリフ部分がごっちゃになるんだわ…)
夏の夜に訪れた、ひとつの恋の終わりを予感させる物語。
彼女の心はすでに自分から離れて、別の相手がいる事を察しながらも「まだだ、まだ終わらんよ」と抗う主人公。
しかしあの頃の二人にはもう戻れるはずもなく、ただ無為に流れていく時間と都会の街並み…
やがて最後には、壊れるほど愛しても裏切られた男の純情な感情が爆発する悲痛な叫び…!
「こ~んな気持ちじゃ~気ぃ~が狂いそうさぁ~~~~~!!!!! Tell me why~~~~?????」
あぁ…合掌…聴き手の我々すらも堕天しそうな杉山のロングトーンが物語を終焉へ誘う。
完璧じゃないかこの曲は!
杉山オメガのメインライターに選ばれた両人・康珍化と林哲司の手腕が見事に冴え渡る。
やはりデビュー曲を変更させた藤田の判断は正しかったんだ!
そしてこの曲を引っ提げ「第12回東京音楽祭」にデビュー前にもかかわらず出場。
その圧倒的な歌唱力を見せつけ好結果を残し、満を持してプロの一歩を踏み出す。
…が!出だしはつまずき、セールスは低迷。
愛と憎しみのハジマリ
このまま不発に終わると思われたが、7月に日本テレビ系列の歌番組「ザ・トップテン」に出演した頃から徐々に風向きが上向く。
そもそもバップと言えば日テレグループに属するレコード会社であり、こういうバックアップを受ける事ができるのもこの会社の強みだ。
次いであの伝説の歌番組、みんな大好きTBSの「ザ・ベストテン」にも「今週のスポットライト」で出演したことによりさらに注目を浴び、なんと発売から4か月も経過した8月にオリコンチャートでトップ10内にランクインするという驚異のロングセールスを記録することになる。

藤田Pの異常なまでのこだわりが、実を結んだ瞬間である。
しかし、これはまだオメガトライブと藤田にとっての出発点に過ぎない。
この両者の愛憎入り交じる関係の行く末を、我々も背筋をゾクゾクさせながら見守ろうじゃありませんか!
それでは今回はこの辺で!